[気学・家相・方位・鬼門・張り出しと欠け込み・暗剣殺・五黄殺・祐気・相性・・・・・・・その他いろいろ]


気学の話し] [家相の話し] [方位の話し] [気学よもやま話し]   



私は占が嫌いです

 私が「気学」 というものを知ったのは34.5歳のころ、当時繊維関係の商売をしていましたが、大阪万博の後にやって来た不況をまともに受け、倒産の二文字が頭に浮かんでは消えという状態に追い込まれていました。そんなとき、ある人に紹介されたのが気学の大家である戸咲妙隆(隆子)先生でした。

 私の母は飼い犬がいなくなっても相談に行くほどの占い好きで、体が弱かった私は成人するまでに三回も改名させられたことがあって、その反動なのでしょう、私は神頼みと占いは大嫌いでした。しかし当時の私としては考え得ることはすべてし尽くし、相談する人には相談し尽くした後で、精神まで病むような気がしていましたから、そういうことに頓着する余裕もなく伺いました。
その後教えをうけることになるとは夢にも思わずに・・・・・・・・

 あらかた相談が終わったところで私の心を見抜いたかのように、「気学は占いではなく、東洋哲学です。貴方なら必ず役に立てることが出来るはずだから勉強に来なさい」といわれたのです。「方位を取る」ことを教えられ、師の「気学は哲学である」という言葉が私の心にいつまでも残り、その後入門をお願いしました。

 その後許しを頂くまで7年余の間、一時期は師匠の運転手兼カバン持ちとして実地の鑑定をも見習い、昭和58年から本格的に自宅で現業を始めました。丁度その頃だったと思うのですが、中年オバさん(その当時は)の捻り出した「○○占術」が出現して、第何次かの占いブームがやってきました。

 以前から占いを取り上げたテレビ番組はあったが、それらには歴史があってそれなりに認められていたものだから、占いは嫌いでも特に抵抗感はありませんでした。しかし、皿を割ったりオルガンを弾くなどという、マンガのような占いをテレビで見て、気学もこんな下らないものと一緒に占いに分類されているかと思った瞬間、その場に誰もいないのに恥ずかしさで顔にほてりを感じ、私の占い嫌いは一挙に増幅しました。

 以来、実際の鑑定例を基に研究を続けると共に、タウン紙や郷土誌などに家相や方位について雑文を書いてきました。そのためか、二割程度の対人関係や経営関係等の人事相談はあるものの、何時しか周囲から「家相」「方位」の専門家として見られるようになり今日に至りました。

 お陰様で占いという言葉に対する嫌悪感は褪せたと思った矢先、今度は気学を改造?したと思われる某建築家による「風水」なるものが出現。
そして道理に合わない「風水気学」が・・・・・・・・。
真剣に気学を学んだものなら恥ずかしくて出来ないことなのにと思う反面、彼らは中々の商売人と感心している今日この頃です。

 平成12年9月吉日
大 塚 考 祥